
【取材レポ】針山愛美バレエ公演『One Heart』。伊東で目撃した、次世代へ手渡される「芸術のバトン」

2026年3月15日、静岡県伊東市観光会館。
世界的バレリーナ・針山愛美氏がプロデュースする『One Heart -鶴の恩返し- 他』が開催されました。
平和への願い、そして未来を担う子供たちへ注がれる眼差し。
観客として、また一人の目撃者として感じた「継承」の瞬間をレポートします。
本レポートの後半には、公演後に針山愛美さんご本人に伺った特別インタビューを掲載。
舞台に込めた想いや、次世代への眼差しの深層に迫ります。
舞台レポート
客席の「未来の瞳」に手渡されるもの

会場に入ってまず驚かされたのは、客席の熱量です。地方公演では珍しく、1階の通常席のほか2階の招待席が全国から集まった18歳以下の子供たちでしっかりと埋め尽くされていました。
舞台上では、プロのダンサーたちのほか、協力スタジオの生徒さんなどの若い出演者たちが躍動していました。
彼らが世界的プリマである針山氏の呼吸を間近で感じ、同じ舞台の上で踊る。
この機会が次世代への確かなバトンとなっている光景を、私はそこに目撃しました。
ウクライナ民族舞踊、魂の『ゴパック』

第1部の最後を締めくくったのは、ウクライナの民族舞踊『ゴパック』でした。
針山氏が淡路島で受け入れているウクライナ人ダンサーたちが、母国の誇りを胸に力強く舞う姿は圧巻でした。
戦火を逃れ、日本で「踊り続けたい」と願う彼女たちにとって、この舞台は単なる披露の場ではありません。
彼女たちが「日本で得られた安心感に感謝している」と語る通り、針山氏が整えたこのステージは、表現することを通じて彼女たちの魂を支える「場」そのものとなっていました 。
白鳥と鶴。描き分けられた二つの「翼」の衝撃

今回、最も息を呑んだのは針山愛美氏による「鳥」の表現です。
第1部の『白鳥の湖』で見せた気高く様式美に溢れた「翼」と、第2部の『鶴の恩返し』で見せた、日本特有の情緒と痛みを感じさせる「羽」。
同じ身体から繰り出される表現でありながら、まるで別の生き物に見えるほどの描き分けは、ボリショイで培われた伝統と彼女自身の感性が融合した、芸術の極致でした 。
独自脚本『鶴の恩返し』:「一期一会」に込めた祈り

第2部の『鶴の恩返し』は、針山氏が30年の想いを込めて構成・脚本を手がけたオリジナル作品です。
主人公の名前は「一期(いちご)」と「一会(いちえ)」。茶道の「一期一会」の精神に由来し、一生に一度の出会いの尊さが象徴されています。
一会が織り上げる布は、単なるお礼の品ではなく「世に蔓延る様々な悲しみを拭い去る力」を持った「幻の織物」として描かれます。
最新のプロジェクションマッピング技術によって、自然が癒やされていく様子や異界との境界が幻想的に演出され、民話が現代の救済の物語へと昇華されていました 。
「生きている時間は一瞬」――舞台から届けられたメッセージ

終演後、針山氏は晴れやかな表情で、支えてくれたスタッフや観客への深い謝意を述べました。
「公演のために走り回ってくれた方々、見に来ていただいた方に感謝しかない。生の舞台を肌で心で味わってもらえた」
という言葉には、プロデューサーとしての重責を果たした安堵感が滲んでいました。
また、客席に向かって語った「夢を大切にしてずっと追い続けてほしい」というエール。
その言葉通り、彼女自身が「今やらないと、もうやれないかもしれない」という切実な想いで舞台に立ち続けているからこそ、その踊りは観客の心を震わせたのです。
伊東での感動を終え、このプロジェクトは次なる舞台、淡路島へと続いていきます。
針山愛美という一人の芸術家が編み上げる「希望の織物」は、これからも多くの人の心に届けられることでしょう。
特別インタビュー:針山愛美が語る、舞台に託した「祈り」
本公演の終演後、針山愛美氏に追加取材を実施。
舞台上では語りきれなかった、表現の細部や次世代への想いについて伺いました。
表現のこだわり:二つの「翼」について

第1部の『白鳥の湖』と第2部の『鶴の恩返し』では、指先や羽の動きが全く別物に見え、その描き分けに圧倒されました。
西洋の「白鳥」と、日本の情緒を湛えた「鶴」を演じ分ける際、最も意識されたポイントはどこでしょうか?
同じ鳥でも、その内面にあるものは全く違います。
長年踊り続けてきた『白鳥の湖』でも、2幕と4幕、あるいは『瀕死の白鳥』ではそれぞれ違う表現を研究してきました。
今回の『鶴』では、手の動きで頭部を表現したり、羽ばたきの中に日本文化特有の『凛とした中にある寂しさ』を込めました。
衣装も、どう見えるかを実際に踊りながら細部までこだわり抜いて制作したものです。
西洋の様式美と日本の情緒、その対比を感じていただけていれば嬉しいです。
次世代への想い:舞台という「場」が持つ力

今回、1階・2階ともに多くの子供たちが客席を埋め尽くしていました。
先生の活動を通じて、若い世代の瞳にどのような「種」を蒔きたいと考えていらっしゃいますか?
子供たちには、好きなことを一生懸命に続けてほしい。
それが今すぐに役立つことでなくても、いつか必ず生きてくる時が来ます。
そして、人のために何かを感謝できる人になってほしい。
一つひとつの小さな経験が、将来に大きく影響することもあります。
だからこそ、この舞台を通じてあらゆる経験をしてほしいという願いを込めて、今回の企画を立ち上げました。
平和への祈り:ウクライナの魂『ゴパック』
第1部のラストで披露された『ゴパック』。
ウクライナ人ダンサーたちが、日本の舞台で自国のルーツを踊ることの意義を改めてお聞かせください。
日本に避難している彼らはいつも、『日本にいながらにして自国のためにできることをしたい』と口にしています。
自国の文化を知ってもらえる機会を作ることは、彼らの誇りを守ることでもあると考えています。
そのための『場』を、これからも大切に作り続けたいと思っています。
脚本に込めたメッセージ:一期・一会と「織物」

悲しみを拭い去る「幻の織物」を物語の軸に据えられました。
この混迷する時代に、観客の心に一番届けたかった「光」は何でしょうか?
今、世界中では1秒1秒、悲しみや苦しみの中にいる人がいて、争いが続いています。
私自身が人のために何ができるかと考えた時、行き着いたのが『恩返し』という言葉でした。
一会が織る『幻の織物』には、この現状が少しでも良くなってほしい、みんなが仲良くなってほしい、という切実な願いを込めています。
バレエという芸術を通じて、そのメッセージを届けることが私の使命だと思っています。
針山愛美プロフィール

針山 愛美 Emi Hariyama
ボリショイバレエ学校を首席で卒業後、モスクワ音楽劇場バレエ団、エッセンバレエ団(ドイツ)、米国バレエインターナショナル、クリーブランド・サンホセバレエ団でプリンシパルとして活躍。
その後、ボストンバレエ団やウラジーミル・マラーホフ率いるベルリン国立バレエ団に所属し、数々の作品を踊る。マラーホフやカレーニョら世界的ダンサーと共演。
ベルリン・フィルとの共演や震災チャリティーなど、芸術と社会をつなぐ活動も展開。振付・演出・教育にも注力し、欧米や日本でワークショップや審査員を務めるほか、マラーホフのアシスタントとして複数国立バレエ団の作品を手がける。テレビ番組『情熱大陸』など、メディア出演やドキュメンタリー特集も多数。
神戸女学院大学客員教授、豊中市立文化芸術センターディレクターなどを歴任。現在はPASONA Awaji World Ballet芸術監督、淡路島ユネスコ協会理事として国際文化交流に尽力。著書に『世界を踊るトゥシューズ』
YouTubeにて密着動画を公開中
Ballet Passでは、本公演の裏側を密着取材。
近日公開予定です。
次回公演情報「鶴の恩返し」

- 3月28日(土) @淡路島
- 4月4日(土) @淡路島
- 9月28日(水・祝) @東京

